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| 6月3日(火) |
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みなさま、お久しぶりです。
長らくブログをお休みしておりまして、すみません。
あっ、と気づけばもう6月。雨に打たれるアジサイが美しく輝いています。ついこの前、お正月だったような・・・。この半年が一ヶ月にしか感じられない私は宇宙人なのか、はたまたこれが年をとるということなのか・・・。忙しい分だけ出会いと経験があって喜びもたくさんあるけれど、ちょっとせつない気分です。
激動の半年の波を乗り切って、私はようやく復活。世界のあちこちが揺らいで、私達は潔斎のときを迎えているのでしょうか。
浄化するには膿を出さなければならないのは当たり前ですが、痛みを伴うのはなかなか辛いもの。その後やってくる何ともいえない清々しい歓喜を迎えるまでは、光の断片すら感じられないと思い込むこともある。これが破壊と再生のプロセス、もう慣れたと思ってもやっぱり渦に巻き込まれて、変化し続ける痛みと歓喜に翻弄されることに喜びを覚えるのです。ちょっと変態じみてきましたが、まぁ、いいか・・・。
インドの神様に破壊と再生の神がいますが、昔はなぜ一人の神が破壊と再生の両面を持っているのか理解しがたかったのです。怖れと希望の両面が紙一重とは。再生あるいは誕生の前には、必ず破壊がある。無が始まりではないのですね。
先週末、ロミロミマッサージの仲間と大阪アロハフェスティバルに出店してきました。最高の仲間と、最高のお客様。ステキな時間を分かち合いました。
小雨が降る日もありましたが、最終日には暑いくらいの日差しの中、大勢の人が集まっていました。フラのステージあり、ハワイアンバンドの演奏あり、昨年の倍くらいの人が集まってハワイ一色。私達のロミロミブースも大盛況。
マッサージを受けてくださったお客様と話に花が咲き、お弁当に持ってこられた手作りおにぎりとお漬物を下さったので、ありがたく頂戴し朝ごはんをいただく。こんな何気ないご縁からいただいた親切が嬉しくて、身体にしみこんでいくのが解かる。お日様の香りがするおにぎりで元気になって、次のお客様に元気をいっぱいバトンタッチしました。
イベントに限って私達もチームプレイの施術が出来るので楽しくて面白くていつもワクワクします。普段は仲間のそれぞれがサロンを個人経営しているのでお客様と一対一の施術ですが、このときばかりはプロが2,3人で一人のお客様をマッサージするのです。この心地よさはこの世のものとは思えない。まるで千手観音様にマッサージされているよう。あちこちから手が出てきて、もう何をされてもどうにでもして、という夢見心地へ落ちてしまうのです。そして施術者同士の呼吸が合うと、波間に揺られているような長いストロークが生まれて、お客様は寝ているのに意識がはっきりしているという一番癒される変性意識状態に陥るのです。
予約時間がぽっかり空いたりすると、施術者自身も受けたいので順番が取り合いになるほど。気になるでしょう。次のイベント告知をしたら、ぜひ足を運んで体験してくださいね。普段のサロンではしていませんが、どうしても受けてみたい!という方は、チームロミをお願いします、とメールを下さい。日程は施術者をもう一人スタンバイする関係で、要相談。料金は通常の2倍になります。その価値が十分ありますよ。
もともと、カウアイ島に伝わっている古式マッサージには多くの叡智が隠され、身体を癒すだけでなく病の元になっている意識のブロックをはずしていこうというもの。背中はその人の行きざまをものがたり、未来を予見しているのです。硬い背中では扉は開かれていき難いのです。
5月上旬には高松で開催されたアロハフェスティバルにも出店し、最近はみんなで地方巡業のよう。ハワイイベントでぜひ私達の仲間に出会って下さい!
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| 1月15日(水) |
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新年はじめに健康を願って
年を経るごとにやわらかくやさしく、丸みを帯びた人間になりたいと願っている。書を習い始めて一年半、自分の性格が丸出しになる字と向き合って情けない気分になることがある。外国の方に向けた日本文化紹介の本に、よくこう書かれている。茶道・剣道など何でも「道」とつく日本文化は精神修養の意味を持ち、書道はその作品のなかにその人の心が表れる、とある。男っぽく粗く完成度の低い自分が書き上げた書を見て、どこかの動物園にいる人気者、熊のツヨシのごとく一人部屋で悶絶する日々である。
怒り虫で気難しい自分の取り扱いに自分でも苦慮しているのだから、家族や友人はさぞ迷惑をこうむっていることだろう。こんな私に付き合ってくれる周囲の人々に日々感謝の連続である。しかしかなりの割合で忘れる。家族の健康に気遣って食事の支度をし、日々の健康を願っていると、ちょっとした考え違いに腹をたてることがある。
父は健康が不安になると、身体によさそうなもののCMを見るとなんでも試してみようとする。病院嫌い薬嫌いで知識がないのに、にわか健康オタクになると間違ったことを平気でする。それは違うよ、といくらなだめすかし諭しても頑固で人の言う言葉が右から左へ流れていくのだから始末におえない。結果、副作用のある身体によくない薬をサプリメントのように飲み、糖分をたっぷり含んだヨーグルトをたっぷり食べることを日課にしているのである。トホホ。私の努力はいったい何なのだ。素材の味が活かされるように工夫して出汁や薬味やハーブの効いた薄い味になるよう調理し、塩分・糖分を控えているというのに。トホホホ。
私たちの身体は、自分が口にするもの、吸い込む空気、環境を取り巻くエネルギーから出来上がっている。自分のあずかり知らぬところで思わぬ病気にかかることもあり、事故にあってしまい苦しむこともあるが、それ以外は自己責任だということをそっちのけにして生活習慣病にかかったことを悲しむことが往々にしてある。自分が毎瞬決断していること習慣にしていることが、自分が生きている現実の世界に反映されていることを忘れないで生活したいものである。
飽食の時代に一番必要な健康法はマイナス思考の食生活である。健康によさそうなお茶やコーヒー、ジュースよりもお水や白湯を飲み、味の濃いものよりも素材の味が生きている料理を腹八分目にいただき、適度な運動を心がけることが何よりの特効薬。
お願いだから素直に人の話を聞いてください、お父さん!! 柔軟な思考の明るい年寄りになりたいと、自分の老いを考える今日この頃である。
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| 1月6日(日) |
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あけましておめでとうございます。
本年もどうぞよろしくお願いします。
皆様と共に成長し、学びの充実する年にしていきたいと思います。
ご縁がつながり皆様と出会えた昨年に感謝し、ますます交流を深めて行きたいと願っております。これを具現化するべく当サロンで主催するイベントを始め、また友人たちの開催するセミナーを随時ご紹介して参ります。仲間の輪が広がっていくことは人生の財産であり、友がいてこそ喜びを分かち合うことができます。年齢・性別は関係ありません。あらゆる世代の方々と交流したいと望みます。ぜひ学びと出会いのチャンスにご利用ください。一月末にハワイから先生が来日し、私が通訳を務めるハワイ式祈りと叡智のワークショップがございます。詳しくは新着情報のページをご覧ください。
スウェーデン式マッサージとしてサロンを主催し始めましたが、縁有ってロミロミマッサージを学ばせていただき、サロンでも始めることにしました。カウアイ島王族に伝わる古式テンプルスタイルの特別なロミロミマッサージです。よりソフトな技法で体をほぐし、気の流れを整え、その人が抱える精神的な痛みやブロックまではずしていくオイルマッサージです。詳しくはHPに後日掲載いたしますのでご参照ください。
またレイキを広める活動も始めさせていただきます。レイキを活かして健康で豊かな毎日を実現する仲間を創っていきたいと思います。こちらも後日HPにお知らせいたしますので、お楽しみに!!
今年も一生懸命に遊び、一生懸命に学び、一生懸命に仕事するぞ!! 存在するのは今、この瞬間にしかない!!
皆様の願いが叶う年となりますように。
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| 12月13日(木) |
ANAに勤める友人が、全日空のホームページ“旅のコンシェルジュ”の作成を担当しています。「どこかに行きたいなあ」とため息を漏らしながら眺めるような、旅心をくすぐるページです。
なんと
私が撮影した写真を使用して作成されているページがあります!!
バックナンバーR ハワイ カウアイ/オアフ編 です。
この夏、ハワイに滞在したときに撮った写真と体験を元に作られています。とっても美しい仕上がりになっていて、さすが凄腕の友人にかかれば素人の写真もきれいな構成に!
感動してしまいました。
御覧になって旅に出たくなったら、お安くなっている全日空のエコ割でハワイへ!!(ぜひお願いします。)
ご覧になる方は、
全日空HP→国際線→エコ割→おすすめ旅プランのコンシェルジュをクリック→バックナンバー19のハワイ カウアイ/オアフ編へ
私にとっては「夏のおでかけ」が、ANAのHPを開くと出てくる不思議。
記憶より彩り豊かで鮮やかな思い出の小箱をひらくよう。
先生のお宅の裏庭から眺めた山や森の風景。
プールで泳ぐという噂の飼い猫、ジーナ。
アウトリガーカヌーのクラブチームが懸命に練習する勇姿。
素敵な人に出会った朝のワイキキビーチ。
一つ一つの映像が抱えているバックグラウンドを思い出すと嬉しくなる。
友達の笑顔やちょっとした会話が聞こえてくるようだ。
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| 9月12日(水) |
ハワイ道中記 A
私たちグループはロミロミマッサージを勉強しに行ったのだが、先生がいつもおっしゃっていたのは、「私が教えるロミロミはただのマッサージの技術ではない。マインドを広げること、体験すること、楽しむこと、受け入れること、そして変革から心も身体も人生も変えていくことの全てを含んでいる。」
私たちは日々の中で互いに出会い、自分自身と向き合い、沢山の地元の人達に出会って、ハワイの自然と出会い、かけがえのない時間を共有した。その時間の濃さのあまりにみんな家族になった気分、なんの恥ずかしさも無く見栄も要らず、本当に不思議な仲間だった。私たちの道場であったリビングは庭から切り出されたハワイの草花と木の枝で飾られ、ハワイ語で神殿を意味するヘイアウと呼んでほとんどの時間をそこで過ごした。特別な風がいつも私たちを包んで、守ってくれていたと思う。
カウアイ島滞在の最終日、先生が病院主催のチャリティに参加する予定を入れてくれた。
この日はアメリカの建国記念日だったため、広い公園の中に人が溢れかえっている。何かのコンテストが催されたりロックミュージックを演奏しているステージ、食べ物の屋台などが出店していて、それに並んでマッサージの屋台を出したのである。ほかにも指圧、レイキ、ロミロミなどのマッサージをしている人がいて、大人気だった。
中でも私たちは、どう見てもローカルには見えない東洋人を含め三人で一人のお客様に施術するというスタイルだったためか、時間をおう毎に大盛況になり、嬉しい悲鳴を上げた。なによりチャリティであるから病院への献金に貢献できるという喜びも大きかった。長い列に並ぶお客様の中には、地元の人たちだけでなくて休暇で来ていたカリフォルニアで暮らす日本人の母と子供たち、北海道から友達に会いに来ていた老齢の父子もいらして、益々頑張ってしまった私たちだった。
それがまたうけたのか、初めは100%女性客だったのが後になるほど体格のよい男性がさらに増え、ついに筋骨隆々の若い現役軍人から退役軍人のお父さんまでやってきて、いい勉強をさせていただいた。大抵の女性は首から肩のこり、軍人さんは腰痛を抱えていて、みんな身体を整える必要があるんだなあと、
実感。日が暮れて司会者が終わりを告げるまで、ありがたいことにお客様が途切れることが無かった。
しかしここからが一仕事終えた私たちのお楽しみの時間、続いて花火大会があったのだ。
みんな夜空を見上げ歓声をあげる。打ち上げ花火の数々、日本で見たことのないニコニコマークの花火まであって感動。
日本との大きな違いは花火に合わせて音楽がずっと流れていること。クイーンからクラシック、果ては行進曲まで大音量の音楽が花火を盛り上げてくれる。
マッサージベッド越しに見上げた花火と友達の姿が漆黒の夜空にくっきり浮かんで、夏の日記の1ページを切り取っているような風景だった。
アメリカ式花火の楽しみ方とチャリティ精神に、軽いカルチャーショックをうけつつ大いに楽しんだ。でも一番驚いたのは、花火も終わっていよいよお開きというときにアメリカ国歌が突然始まり、
会場にいた数百人全員が静かに胸に手をあて聞き入っていた。曲が終わるとみんな歓声をあげ口笛を鳴らし、周りにいた人達と互いにハグを交わして会場を去っていった。
みんな国を愛し、仲間であり、その思いを共有しているのだということが、始めてみる異質な空気であり、羨ましくもあり、感動であった。
日本でなら差し詰め何かの団体が、ナショナリズムだ何だと騒ぎ立てそうである。
日の丸と君が代のワンセットは、ワールドカップで日本代表が戦うときのTV放送か、NHKが一日の放送を終えるときしか私は最近お目にかかっていない。
ナショナリズム(国家主義)ではなく、パトリオティズム(愛国心)が生きているようだと、私は受け取ったのだけれどこの判断が正しいかどうか。それ故に米国が抱える問題もある。
日本人が真の国際人になるには、様々な場面で愛国心と誇りを感じ、特に自国の文化を再認識して深く理解することが不可欠なのだと、考えた夜だった。
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| 9月6日(木) |
ハワイ道中記@
少し前の話になるが、ハワイを訪れた。
その時に感動したこと、面白かったこと、そんなこぼれ話を少し。
ほとんどの時間をカウアイ島で仲間たちと過ごしたのだが、ホノルルにいる友人に会いたくて少しだけ予定を延ばした。
ホノルルに行ったときには必ず行く場所がある。
丘の上の高級住宅街の中にあるコンテンポラリーミュージアムの空気が最高なのだ。ここの庭から遠くに見えるダイヤモンドヘッドと市内の眺望は格別、ここにしかないワイキキの喧騒を離れた眺めなのである。私は美術館のカフェが大好きだが、今まで訪れた美術館カフェの中で一番。ここは元個人の邸宅であったために、自宅に招かれているような贅沢な気分が味わえる。
ここからの眺めとカフェで過ごす静かな時間が欲しくて、一人で訪れた。初めて友達に連れてきてもらったときのこと、前回母と一緒に来たときの喜び、テラス席に座って蘇ってくるいろんな思い出を懐かしんだ。眼下の風景の向こう、ビルの谷間から申し訳なさそうに海が見える。
そうだ、ワイキキでサーフィンしよう!と思い立つ。
いつもは頼もしい友達にサーフィンに連れて行ってもらうが、今回は一人ぼっち。さすがに不安が勝って、翌早朝、ワイキキビーチへ偵察に出かけた。
地元のサーファーは夜が明ける前から海に入り、早朝サーフィンを楽しんでから出勤したりする。気持ちがいいほど力を抜いて、毎日の生活を楽しんでいるように見えた。そのとき、海から上がってシャワーを浴びている一人の女性に目が釘付けになった。輝くように日焼けしたお年を召した女性の姿に見覚えが。
サーフィン雑誌の記事で紹介されていて、私はこの女性に憧れて、私にも出来るかもしれない!と蛮勇を奮い立たせてはじめたサーフィンだったのです。
その日系ハワイアンのおばあちゃまは、60歳半ばでガンを発病したことを知ったとき、いつまで生きられるかわからないのだから、今まで大嫌いだったことをひとつだけ好きになってみようと思ったそうだ。それが海だった。この方にとって海とは、第二次大戦中に戦闘機が飛び交い、人食い鮫のうようよいる大嫌いな場所だった。その雑誌には見開きのページいっぱいに、ワイキキのホテル群をバックに素敵な笑顔で颯爽とロングボードに乗っている姿が映っている。
私は奇跡のように出会った憧れの人と言葉を交わしたくて、サーフィンや海のコンディションのことを尋ねようと話しかけた。
ほんの少しのつもりが話が弾んで、20分近くも経ってしまった事に気づく。
憧れの人は思っていたとおり、気さくですがすがしくて、美しい人だった。
そして優しい言葉を話す人だった。
“サーフィンは自然に逆らわないことを教えてくれる。ただ波に乗るだけよ、どうやって波をコントロールできるの?
人生も同じ。サーフィンはただ自分との競争なの。”
翌朝、海へ。
波には乗れなかったけどチャレンジしたことに満足し、海からみるワイキキの風景をぼーっと眺めていた。
これでハワイともお別れ、もう一度おばあちゃまに会いたいなあと思っていたら、遠くのほうで波を渡って漕ぎ出している後姿が朝日に輝いていた。
そうだ、あの雑誌を見てからもう3年以上経っている。おばあちゃまはガンを克服したということなのだ。
胸が熱くなるような嬉しさで、海に溶けていきそうだった。
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| 6月23日(土) |
昨日は夏至でしたね。
雨が降って昼間から薄暗く、日の長い一日を感じさせてはくれませんでしたが。
一年中で最も日の長い一日は、光が闇に打ち勝つ象徴でもあり、北欧の国々では夏至祭を盛大に祝います。長い冬を過ごす北欧の人たちは太陽の恵みに感謝し、短い夏の日々を思い切り楽しむようです。
10代の頃に見た一枚の写真に憧れて、スウェーデンに一人旅したことがあります。
民族衣装を着飾った人々が野原に集い、お祭りをしている写真でした。その清々しい緑の空気感や金髪の子供たちが赤い衣装を纏っている異国情緒にひかれて、夏至祭を見たくて六月のスウェーデンを訪れました。
首都ストックホルムを離れて小さな村に滞在すると、日本では考えられないくらいひっそりと人通りがなく、森の静寂や咲き乱れる花々の存在を大きく感じた記憶があります。
しっとりと霧に濡れた野原の真ん中で、村中の人たちが幸せを願い光に感謝しながらメイポールと呼ばれるケルトの十字架のような形をしたポールを立てる儀式が、夏至のお祭りのメインイベントでした。
憧れた風景の中にいる喜びは大きかったけれど、何故か鮮明な旅の記憶の一枚として残っているのは、帰り道に森を抜けたときに眺めた、静かに光る湖と青い空を彩るピンクや紫色のルピナスの花畑の風景なのです。露にぬれる緑のにおいや湿った皮膚感の記憶と共に、心の片隅にずっと仕舞われています。
今朝、めずらしく夜明けと共に目覚めて表に出てみると抜けるような青空が広がり、生まれたての日の光からこぼれ落ちる煌めきを浴びて木々が輝いていました。
澄んだ高い空に広がる薄雲が流れていく様子と雨上がりの匂いが、スウェーデンの旅の記憶を蘇らせてくれます。
普段忘れていることなのに、ちょっとしたスイッチが入ると記憶が呼び起こされる不思議。
青空に向かって背伸びをして自由を感じながら、色とりどりの思い出が蘇るスイッチを沢山増やそうと思いました。
今日の夜明けは、格別の味わい。
夏至の日と共に闇より光が私の中で勝って、新しい夜明けを感じさせてくれました。
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| 5月20日(日) |
出会いはご縁、“結び”だとつくづく思う。
何かに吸い寄せられるように出会う、そんなことが稀にある。
人生の節目ごとに大切な人や出来事に出会うが、この一年で大切な人たちとの別れがいくつもあり、そしてこれから長いご縁になるであろう方々との出会いがあった。再会もあった。
感謝の涙と不義理をしてきた後悔の涙に明け暮れた。心を支えてくれる友達との暖かな絆を感じて、私は少し強く優しくなれたと思う。
20年くらい昔は若くて血気盛んで偏屈で、ちょっと気に入らないことがあるとそんなことの全てを切り捨てるように生きていた。
何でも自分のしたいようにするという傲慢さの裏には、途方もないほどの劣等感と疎外感があった。運だけは強い、という妙な自信もあったけれど。そして私は何かとても大切なことを知らない、という漠然とした不安と、この世界の有り様の真実を知りたいと強く願っていた。
20年近く経ってようやくここ一年、二年で劇的に運が変わり始め、知りたかったことが直感として感じられるようになった。
無知という罪を感じて無知を少しづつ脱出し始めると、漠然とした不安が消えて、ようやく大地に根付いて歩いている自分を感じている。少し遅すぎる目覚めかもしれないが、人それぞれに歩むペースがあるし、気付けないで一生を終えているより遥かにラッキーであろう。
そんな時期に先日16日に40歳の誕生日を迎え、自宅サロンでアイリッシュハープの演奏会を催す幸運に恵まれた。
両親に感謝を込めてなにかプレゼントをしたいと思っていたときに、友達を通じて演奏者の方と出会いがあり、ホームコンサートを開いていただける運びになったのである。
優しく響く音色は、心に染み渡っていく。
ケルトの吟遊詩人が草原のなかを歩いていくようでもあり、どこかの暖かな暖炉の前で人々を慰めるかのような情景が浮かぶ音色。旅人をやさしく守り導くような、緑の谷を渡っていく風そのものだった。
この響きが私たちの心を癒し、旅立っていった魂を慰めてくれていた。これまでご縁のあった魂たちがここに集い、一緒に聞いているかのようだった。
幼い子供の頃に戻ったような気持ちになり、なんの無駄な感情も穢れもない一人の存在に、それぞれがなっていたと思う。
師に書いて頂いた「結」という一字書を飾らせていただいている。たくさんの人達との結びを願い、大切な人達の幸せの結びを願い、奇跡との結びの願いを込めて眺めている。
人生において初めて交わす縁の結びは生まれてくること。
この世界に生まれてくるにあたり、幼き魂は両親と契約を交わす。ここに生まれてたくさんの経験を積み、互いに成長を促しましょう、幸せになる努力をしましょうと約束する。
そんなこんなで40年も経つと世間の垢にまみれている自分がいるが、ようやく感謝し感謝を表現することの大切さを知り、実践している。(つもり。)
父と母に40年分のお詫びと心からの感謝を伝えて、この日の恩恵を運び共有してくれた友人と演奏者に深く御礼。
これからは「ありがとう」の魔法しか口にしない、と固く決心。
全てがリセットされて、新しい自分で新しい運を歩き始める年になりそうである。
翌々日、久しぶりにゆったりと本を読んで過ごし、ふと思う。
探し物を訪ね歩く旅に出てしまっていることをあらためて感じる。
その足跡や姿が私に見つけてほしそうに、ちらりと姿を現す。
わたしを弄ぶかのように出現し、胸に甘い香りを残していく。
私が道を求めているのだけれど、実は道が私を求めているのかもしれない。と感じる。
全ての命を道が求めている。
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| 5月11日(金) |
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忙しさを言い訳にご無沙汰してしまっている友達に、自宅サロンをオープンしたことや諸々を書き綴って久しぶりに連絡をしました。高校時代の友達や遠方に暮らす友人からお祝いメールをもらって、心から自分のことのように喜んでくれる友に感謝し、しみじみと嬉しさを味わいました。新しい仕事を始めて不安だらけの中、応援してくれる声を感じることを忘れていたような気がします。
北海道に暮らす友達とは気がつけば長いお付き合いで、出会った頃はホテルで徹夜しながら様々なことを語りあったのを思い出します。今は時折メールでお互いの元気を確認しあうだけですが、心の距離は何故かいつも近くに感じる不思議な存在です。
彼女から来たメールが嬉しくて、勝手にちょっとだけ紹介しようと思いました。
私からの手紙を受け取った日、友人はアイスホッケーの練習のために息子さんを送っていくところでした。郵便物の中にまじっている私の名前を見つけて、それだけを握り締めて車に乗り、手紙を読んでくれたそうです。
・・・車を運転しながら、嬉しくてなぜだか涙がぽろぽろとこぼれてきました。息子は驚いていたようですが「すごく嬉しいことがあってね、嬉しいときも涙が出るんだよ」と話したら、「そっか、じゃあ泣いていていいよ、前を見ててあげるから」だって。...
彼女が息子さんとコミュニケーションを大切にして築いている信頼関係の深さや素直さは、このエピソードから計り知ることが出来ます。私のほうが嬉しくなって元気をもらって、会いに行きたくなりました。
友達も私も昔、大好きだった曲があります。
“A Little Good News”
朝、起きてテレビをつけると暗いニュースばかり。キャスターが語る内容は、レバノンで爆撃があったとか、経済は悪いほうに向かっているから政策に変更が必要だとか。
たった一度でいいから、ヘッドラインにこう書かれている新聞を見たい。
「今日は特に何もありませんでした」
なぜって
誰も酒屋に強盗に入らなかったし、放火もなかったから。
誰も銃で撃たれなかったし、痛みのうちに死んでいく人もいなかったから。
一度でいいからニュースキャスターがこう語っているニュースを聞きたい。
暗殺された人もいなかったし、戦渦に巻き込まれた子供もいなかった。
ただ、子供たちが通りで遊んでいただけ。
こんな小さなよいニュースを聞いてみたい。
・・・・
こんな世界は理想の中だけの存在かもしれません。でも彼女のようにコミュニケーションを大切にする母を持った子供たちは、明るい素敵な未来を創る一人になってくれるに違いない。一人ひとりの心の中に平和が築かれていくと、遠い未来にこんな世界が現実化すると夢見て。
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| 5月5日(土) |
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今日も幸せ!
お友達が三人、子連れでサロンに遊びに来てくれました。昔一緒に心理学を学び、痛み苦しみや背負い込んだ過去を分かち合いながら、そのステージを乗り越えてきた大切な仲間。一つの時代を共に創り駆け抜けた友達は、何年経っても特別な思いを共有しているのだと感じました。
一人は五年ぶりの再会、熊野に移住して二人の女の子に恵まれ、立派なお母さんになっていました。みんなそれぞれの人生のプロセスをたどってたどり着いた今現在、輝いているなあと嬉しくなりました。おしゃべりに花が咲いたのは勿論ですが、私は彼女の素敵な母の姿に感動しました。上のお姉ちゃんは四歳、妹は一歳の元気でかわいい姉妹ですが、子供たちの無邪気なわがままにもおおらかに対応し、小さくても一人の人間として尊敬の念をもって対峙している彼女の姿に、母性の美しさを見ました。この子達が来てくれて(生まれてくれて)こうして暮らせることが私へのご褒美、と言える優しい思い。四歳のお姉ちゃんに向かって、妹の面倒をよく見てくれて助かっているの、ありがとう、と感謝を伝えられる心の余裕。あふれるほどのおとうちゃん(ご主人)への愛と感謝。どうすればこんなにバランスの取れた母になれるのだろうと、しみじみ考えました。幸せとは自分から発信するもの、自分の心しだいで毎日の生活が天国になるのだと、日ごろの自分の生活態度を反省・・・。
母の愛は自己犠牲の愛、ただ与えるだけの無償の愛、だからこそ輝くように美しい究極の愛なのでしょう。結婚願望ゼロの私も、家族を作りたいなあ、と思った日でした。
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| 5月4日(金) |
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今日は大親友と晩御飯を食べに行きました
仕事と勉強に追われるゴールデンウィークを過ごしている私にとっては、ほっと一息つける癒しの時間。というよりも、大親友の彼女の存在そのものが私にとっては癒しなのです。
池田ローカルで有名店の沖縄料理「赤瓦」に行ってきました。一歩足を踏み入れたとたん、沖縄かと思うようなまったりとした空気が流れ、泡盛や甕入り古酒がずらりと並び、ビギンの三人がジョッキを持って笑顔をふりまいているオリオンビールのポスター・・・。ああ、夏娘の私には沖縄が恋しい。島の風と青い海に中毒の私には、一時の禁断症状を抑えるにはもってこいのお店かも!!! ゴーヤーチャンプルー、ジーマミー豆腐のてんぷら、てびち、青パパイヤのチャンプルー、フーチバージューシー・・・どれもこれもいい味付けがされていて、島人(しまんちゅ)らしき調理人のオジサマ達に感謝。大親友と二人で、食べるわ食べるわ・・・、女性二人が食べる量とは思えないほど食べ尽くしました。上記のメニューがわからない人は、ぜひここを訪れて沖縄料理ファンになってください!! もしくは私にメールか電話で一言「食べたい!」と叫んでくださればお連れします。仕上げはマンゴーアイスとさとうきびアイス。今までに食べたことのない美味!甘いものをあまり食べない私でも、はまってしまうお味でした。帰りがけ、店のおじちゃんと会話を交わすと天然な間合いでお返事が返ってきて、うーん大好きな沖縄の人情!!とまたまた嬉しくなってしまいました。お店を出れば目の前を走る国道176号線が、那覇の国際通りに見えてきて・・・。やられてしまいました。
沖縄料理は健康食!日本人が昔から食べてきた和食やその土地にあった家庭料理は最高のご馳走だと、実感です。家庭の外でいただく食事も、美味しいだけでなく体に優しいものを選べるのは嬉しいことです。飽食の時代と言われながらも、食べることをおろそかにする日本人。モノはたくさんあるけれど、流通革命のために疎かにされる品質。安さのために化学物質や農薬にまみれ、家族がばらばらに食事をし、食卓を飾ることを疎かにするお母さんたちがいて・・・。食べることが健康の基本、家族を守り、自己管理の元という意識があれば、おのずと素材の品質やお料理を選ぶはずなのに・・・。消費者がもっと意識を高く持って安いだけで食材を選ばなければ、作る側売る側も少々高くても本来の自然な濃い味のする食材をもっと提供するだろうに。消費者の自己責任の足りなさゆえに起きている現実ですね。食べて不健康になるなんて、悲しすぎます。ひとつだけどうしても許せないことが、自称グルメなのに料理が不得意でつくらない、という女性がいること。自分で料理をしない人に味の真髄がわかろうはずがない、と声を大にして言いたい!食材を選び抜き、取り合わせを考え、料理人が心をこめた微細な味付けなど、料理をしない人にその工程を想像する力など無く、味を比べる舌など訓練されていないはず。楽しんで料理をすること食卓を囲むことが、幸せと心の豊かさへの一歩です。世界平和への第一歩は、自分の家庭内の平和から食卓から始まると信じます。
家族同然の大親友と過ごす時間が楽しくて話が弾んでしまい、いつもあっという間に時間が過ぎてゆきます。彼女に会いたいなと思っていると互いにそう思っていることが多くて、シンクロしているなあ〜と嬉しくなります。そういえばいろんな事柄や意味で昨年あたりからシンクロニシティを感じることが多くなっている・・・。そんな出来事やハプニングを道標と思って、今歩いている自分の毎日が自分をいい波へ導いてくれている、と信じて。今日も生きていることに、たくさんの友達がいてくれることに、父や母に、心から感謝です。
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| 5月2日(水) |
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お友達と奈良へ行ってきました。目的は奈良ホテルのランチコースを食すること。美味しいものがあると聞けば、我慢など出来ません。
新緑の萌える山や林を眺めながら、美しい建築の重厚感あふれるホテルにたどり着くとそこはとても落ち着く別空間でした。さすが皇室の方々もお泊りになられる優雅な和の空間でありレトロモダンで、歴史と伝統を感じさせてくれるところでした。最近はホテルラッシュで世界中の有名ホテルが都会に次々と建設されていますが、本当に落ち着く心地いい空間に出会うのは難しい。どんなにゴージャスでも、あるいはシンプルモダンでも、慣れてしまうとどれもこれも同じに感じ始めて、はじめは面白くてもすぐに飽きてしまうようなところばかり。奈良ホテルは古きよきものを大事に存続させていて、日本には日本のよさがある、と実感させてくれるホテルでした。
メインダイニングに予約を入れておいたので、美しい景色の見える窓際のテーブルへ案内されました。テーブルに飾られているお花は奈良絵が描かれた赤膚焼の花瓶に生けてあり、品のよい趣味を感じさせてくれて女心をくすぐります。お食事は白アスパラガスのポタージュ、メインに桜鯛のポアレ、野菜サラダ、デザートとコーヒーでした。丁寧な仕上げの美味しさで、大満足!友達は牛フィレステーキのマッシュルームソースがけを頂いていましたが、こちらも大変美味しそうでした。今度は単品メニューを楽しみに行きたいなあ。
春日大社は早咲きの藤が満開の見ごろ、拝殿の裏山に山藤が咲き乱れていました。境内中に甘い香りが漂い、参道を下ってもまだ香りが追いかけてくるほどです。それから興福寺の宝物の特別公開も見てきました。しなやかな少年のように美しい阿修羅像に見惚れ、弥勒菩薩像と語らい、しばしの幻想の世界に心を遊ばせることが出来て心が震えました。初めて拝観したのではなかったけれど、見るたびに異なる感動とインスピレーションを受けます。
話は変わりますが、JR東海のポスターが大好きです。中でも大好きなのは、そうだ京都に行こう編の仁和寺の桜の頃を写し、キャッチコピーがたしか「桜前線がニュースになる国って、美しい」でした。いま奈良にいます編では、興福寺と猿沢の池を写して、「モネに見せてあげたかった」。なんだかほっとしませんか。ニュースをつければ、悲しくつらくなる内容ばかり。この国に生きる私たちは、どこに行こうとしているのか。せめて美しいものを愛でて、心豊かに生きたいと思った一日でした。
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| 4月30日(月) |
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サーフィンしてきました!今年初です。
サーファーガールの友人に、いつも伊勢の海に連れて行ってもらいます。
春の海には、まだ冷たい水温と風のせいか清涼感が漂っていました。でも、まったりとした春のいい空気も漂っていて、ビーチにたどり着くまでの林の中の小道を歩いていると、野の花の香りと鶯の声が五感を刺激します。超初心者の私でも、ボードを抱えて海に向かっているときだけは、いっぱしのサーファーの気分!
友達は波がない〜と嘆いていましたが、恐怖心と闘いながら楽しんでいる私には十分な波。実はほとんど泳げない私がサーフィンだなんて、無謀なチャレンジ。溺れにいっているようなもの。昨年の春に初めて伊勢の海に連れてきてもらった時は、怖いもの知らずに遊んでいたものの、いざ戻ろうとしたときに波をつかまえられないものだからビーチへ帰れない。必死でパドルするも、引き潮のために私の腕力ではどうにもならない。先に上がっていた友達に助けを求めて手を振ってみたが、挨拶していると思っている友達は元気に手を振り返して笑っているだけ。こんな子供でも泳げそうな波間で溺れるかも!!という恥ずかしさを伴った怖さを味わいました。なんとか波をキャッチしてビーチに上がったときには、大笑いです。でもそれ以来、海に入っていくときにちょっぴり恐怖心を抱いてしまうのでした。
それでも海は楽しい!波を待っている時に、透明な海に自分の影が映っている風景やボードに寝そべって水平線の向こうを通り過ぎてゆく大型船の姿を眺めていると、波のリズムが体に染み渡っていくようで幸せな気持ちになります。波をつかまえることが出来たときには海のエネルギーに乗っているように感じてワクワク。だから下手くそでも、なかなか上達しなくても、とっても楽しいのです。波を感じて、波に洗われていることそのものが至福の瞬間なのでした。
海から上がった後のお楽しみもいっぱい。きれいな紫色の巻貝や太陽のオレンジ色をまとった貝殻を拾ったり、春はワカメをとったり。お世話になっているおばちゃんにワカメを捕りに行っておいでよ、と言われるままに浜まで戻ったものの、どれがワカメか知らない都会育ちの私。でもそこは自然が大好きな天性のカンが働く。きれいなメカブから伸びた両腕いっぱいのワカメを持って帰ると、みんなからお褒めにあずかりました。手際よく洗っていると友達が、「漁師の嫁になれるで!」と私にとって最高の賛辞!やっぱり将来は、憧れの海女になるしかない、と第二の職業を意識したのでした。
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| 4月10日(火) |
桜も満開。そろそろピークを過ぎようとしていますね。
天候の影響で、今年の花の色は白っぽいらしいですがホントかな??と思っていたら、
近所に植えられている源平桃の花も遅れて咲き始めましたが、そういわれれば例年より
紅色が薄い! 源平桃ってご存知ですか?一本の桃の木に紅色と白色の花が咲くのです。不思議でしょう!!だから源氏と平家の合戦に例えて、源平桃と呼ばれているのです。
毎年この時期になるとこの花が咲き始めるのが楽しみで、毎日この木を見上げて早く咲いてね、と話しかけています。一本の木に赤白の二色の花が一度に咲くだけでも不思議なのに、たまに白にピンクのラインが入った中間色の花も咲いたり・・・。かわいくて面白くて、うっとり眺めては心奪われます。自然が創り出すデザインとは不思議ですね。規則性がありそうで、その枠から外れるものがあったりします。よく見ると、驚くようなことが隠されています。自然にこのデザインを持った命が存在する不思議。人は研究を重ねて品種を改良することは出来るけれど、命そのものを創り出すことは出来ない。その神秘に思いを馳せる想像力があれば、自分自身の生命を含めて人はもっとあらゆる種類の命そのものを敬い、大切にするのだと思います。昔の人が普通に持っていた命に対する畏怖の念を、現代人は科学を信奉するあまりに置き去りにして、想像力が欠如していることにすら気づいていないのかもしれません。想像力が足りないから自分以外の相手や生き物に対する思いやりがなく、自己中心的な感情を押し付け、いじめ、くだらないものに価値観を見出したり・・・。この世界に命が誕生する神秘に思いを馳せてみてください。私は魂の輪廻転生を信じていますが、たとえ魂が生まれ変わったとしても、今のこの時代で今のこの肉体で、私の名前がついた人生を生きさせてもらえるのは今回限り。やり直しはないのです。
そして自分以外の人も生き物も等しくそうだと思います。だから全ての命が大切なのです。私、というデザインを創り出してくれた両親と何か大きな神秘の力に感謝して、毎日を100%生きていることが命を敬うということ。この一瞬は二度とない一瞬なのだから。私、という人間が持って生まれたデザインを知り、直面し、そのどんな才能も使い、自分から惜しみなく与え、生き抜くこと。ここにじっと立ちながら毎年美しい花を咲かせる木々のように。ここをくぐり抜けてはじめて、人は見たこともない楽園に到達するのだ、と一輪の花が内包する宇宙観に圧倒されながら、咲き始めた桃の花を想った一瞬でした。
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| 2007年4月2日(月) |
3月31日にサロンのオープンを迎えることが出来、たくさんの友人が集まってお祝いしてくれました。駆けつけてくれた友達、遠方からお花を送ってくれた友人、たくさんの励ましと愛を送ってくれた大切な人達。みんなのサポートを感じて、感謝でいっぱいです。
ここにこぎつけるまでには、たくさんの得がたいプロセスを感じていました。
これで大丈夫!と準備を整えたオープン前日、部屋を眺めているとなにかおかしい。
何かが足りない、何だろう???と思っていました。
そして当日。みんなを迎えるために玄関のお掃除をしているとき、学生時代に読みふけった小説の言葉を思い出しました。“太っちょのおばさんのために靴を磨いておけ。”
フラニーとゾーイーという小説にでてくる一節です。
この言葉が含む意味を理解しようと当時は何度も小説を読み返し、ただただ一生懸命でした。
20年以上たって、ようやく作家の思いをわかったような気がします。
友達を歓迎する、お客様をお迎えする、誰かの思いを受け止める。その素晴らしい感動。名前は友達でも、お客様でも、神様でも、奇跡でも、なんでも同じ。何か素晴らしい訪問者。お客様を迎えるために、あるいはこれから出会う名も知らぬ人のために、礼を尽くす。
ミラクルは旅人の姿をして、ふいにやってくる。
その人に対し、常に礼を尽くしている自分であるのかどうか。
汚れた靴をはいて、人に出会っていないだろうか。
そんなことをふと思いました。
そして楽しい時間が過ぎて、みんなが帰った夜中。
サロンの部屋に足りなかったものが残されていました。
人が発する輝くような“気”。
空間を満たしている芳しい香りのなにか目に見えぬ存在。
みんなが訪問してくれたことで、足りなかった最後のパーツがはまっている感じでした。
たくさんのお花達とともに。
誕生したばかりのサロンは、多くの大切な人達の祝福を受けて幸せなスタートを切らせていただくことが出来ました。本当にありがとう。
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